近年、生成AI(人工知能)技術の急速な発展により、全国の自治体や企業において業務効率化や新たな価値創造への活用が進んでいます。
岐阜県においても、県内の自治体、教育機関、医療機関、民間企業が積極的にAI技術を導入し、地域課題の解決や競争力強化に取り組んでいます。
本記事では、岐阜県内における生成AI・AI活用の具体的な事例を詳しく紹介します。総務省の調査データによると、岐阜県内の自治体の約8割が生成AIの導入済み、または実証実験中という高い導入率を示しており、全国的にも先進的な取り組みが行われています。

水野倫太郎
(株)ICHIZEN HOLDINGS
代表取締役
慶應義塾大学経済学部卒。2017年米国留学時ブロックチェーンと出会う。2018年仮想通貨メディアCoinOtaku入社。2019年同社のCMO就任、2020年に東証二部上場企業とM&A。2022年(株)ICHIZEN HOLDINGSを立ち上げ、Web3事業のコンサルティングをNTTをはじめとした大企業から海外プロジェクト、地方自治体へ行う。ブロックチェーンだけでなく生成AI導入による業務効率化を自治体中心に支援中。

監修 水野倫太郎
(株)ICHIZEN HOLDINGS
代表取締役
慶應義塾大学経済学部卒。2017年米国留学時ブロックチェーンと出会う。2018年仮想通貨メディアCoinOtaku入社。2019年同社のCMO就任、2020年に東証二部上場企業とM&A。2022年(株)ICHIZEN HOLDINGSを立ち上げ、Web3事業のコンサルティングをNTTをはじめとした大企業から海外プロジェクト、地方自治体へ行う。ブロックチェーンだけでなく生成AI導入による業務効率化を自治体中心に支援中。
高山市|AI技術を活用した観光地人流量計測による地域データ活用の先進事例
高山市は、岐阜県内でも特に先進的なAI活用事例として注目される取り組みを展開しています。同市では2020年から名古屋大学およびNECソリューションイノベータ株式会社との産学官連携により、AI技術を活用した観光地の人流量計測システムを導入し、データドリブンな観光施策の推進を実現しています。
活用事例の概要
高山市の人流量計測システムは、市内の主要観光地に設置されたAIカメラを通じて、通行人の人数、性別、年齢層、移動方向をリアルタイムで解析する画期的なシステムです。このシステムの最大の特徴は、収集されたデータを市の公式ホームページにオープンデータとして公開している点にあります。これにより、観光事業者や研究機関、一般市民が自由にデータを活用できる環境を整備しています。
同システムは、従来の人手による観光客数の把握や、アンケート調査に依存していた観光動向の分析を、客観的かつ継続的なデータ収集に転換することを可能にしました。AIによる画像解析技術を用いることで、プライバシーに配慮しながら、24時間365日の継続的なデータ収集を実現しています。
具体的な活用方法
高山市のAI人流量計測システムでは、複数の技術要素が組み合わされています。まず、市内の主要観光スポットに設置された高性能カメラが、通行する人々の映像を撮影します。この映像データは、リアルタイムでAI解析システムに送信され、機械学習アルゴリズムによって人数カウント、性別・年齢層の推定、移動方向の特定が行われます。
特に注目すべきは、このシステムが単純な人数カウントにとどまらず、観光客の属性分析まで行っている点です。性別や年齢層の推定により、どのような層の観光客がいつ、どの場所を訪れているかを詳細に把握することができます。また、移動方向の分析により、観光客の回遊パターンや滞在時間の推定も可能になっています。
収集されたデータは、市の公式ホームページを通じてリアルタイムで公開されており、観光事業者は混雑状況を把握して営業戦略に活用したり、観光客は混雑を避けた観光計画を立てたりすることができます。このようなデータの民主化により、地域全体での情報活用が促進されています。
導入による成果
高山市のAI人流量計測システムは、導入から約5年が経過し、多方面にわたって顕著な成果を上げています。2025年6月には、この取り組みが評価され、「電波の日・情報通信月間」記念式典において東海総合通信局長表彰を受賞するという栄誉を獲得しました。
最も重要な成果の一つは、観光施策の効果測定が客観的なデータに基づいて行えるようになったことです。従来は主観的な評価や限定的なアンケート調査に依存していた施策評価が、継続的で包括的なデータ分析により、より精度の高い政策立案が可能になりました。例えば、特定のイベント開催時の人流変化や、季節による観光客の動向変化を定量的に把握し、次年度の施策に反映させることができています。
また、混雑緩和策の立案においても大きな効果を発揮しています。リアルタイムでの混雑状況の把握により、観光客の分散誘導や、混雑時間帯を避けた観光ルートの提案が可能になりました。これは、オーバーツーリズムの課題解決にも寄与する重要な取り組みとして評価されています。
さらに、高山市では「データの地産地消」という概念を掲げ、地域全体でのデータ活用能力の育成にも取り組んでいます。収集されたデータを地域の事業者や住民が活用することで、地域経済の活性化や住民サービスの向上につなげる取り組みが進められています。
今後の展開と他地域への示唆
高山市のAI人流量計測システムは、地方自治体におけるAI活用の成功モデルとして、他の地域からも注目を集めています。特に、技術導入だけでなく、データの公開と活用促進まで含めた包括的なアプローチは、デジタル田園都市国家構想の具体的な実現例として位置づけられています。
同市では、このシステムの成功を受けて、さらなるAI技術の活用拡大を計画しています。2025年1月からは、JR東海との連携により、JR高山駅での外国人観光客向けAI案内システムの実証実験も開始されており、観光DXの更なる推進が期待されています。
飛騨市|職員向け生成AI活用推進プロジェクトによる自治体DXの実践的取り組み
飛騨市は、2024年8月から開始した「生成AI活用推進プロジェクト」により、自治体職員の生成AI活用スキル向上と業務効率化を目的とした先進的な取り組みを展開しています。このプロジェクトは、単なる技術導入にとどまらず、職員の実践的なスキル習得と組織全体のデジタル変革を目指した包括的なプログラムとして注目されています。
活用事例の概要
飛騨市の生成AI活用推進プロジェクトは、市の各部局から選ばれた16人の職員が参加する3ヵ月間の集中的な実践型研修プログラムです。このプロジェクトの特徴は、理論学習だけでなく、実際の業務に直結する具体的なタスクを通じて生成AIの活用方法を習得することにあります。
プロジェクトの指導には、IT分野で豊富な経験を持つフューチャーアーキテクト株式会社が講師として参加し、最新の生成AI技術と実務での活用ノウハウを提供しています。同社は、多くの企業や自治体でのDX推進支援実績を持ち、生成AI活用における実践的な知見を豊富に有しています。
研修プログラムは全6回の研修で構成されており、各回では異なるテーマと実践課題が設定されています。参加職員は、SNSやメルマガの作成、イベントチラシの作成、企画書の作成、庁内問い合わせボットの作成など、実際の業務で必要となる多様なタスクに取り組みます。
具体的な活用方法
飛騨市のプロジェクトでは、生成AIを活用した具体的な業務改善に重点が置かれています。まず、SNSやメルマガの作成においては、市民への情報発信の質と効率を向上させることを目的としています。従来は職員が時間をかけて作成していた広報コンテンツを、生成AIを活用することで短時間で高品質なコンテンツを作成できるようになりました。
イベントチラシの作成では、デザインの専門知識がない職員でも、生成AIを活用して魅力的で効果的なチラシを作成する方法を学習しています。これにより、外部のデザイン会社への委託費用の削減と、迅速な広報物作成が可能になっています。
企画書の作成においては、生成AIを活用したアイデア出しや文章構成の支援により、より創造的で説得力のある企画書の作成が可能になりました。特に、政策立案や事業企画において、多角的な視点からの検討や、わかりやすい説明資料の作成に生成AIが活用されています。
最も注目すべき取り組みの一つが、庁内問い合わせボットの作成です。このボットは、職員からの庁内手続きや制度に関する問い合わせに自動で回答するシステムで、内部業務の効率化に大きく貢献しています。従来は担当部署への電話や直接訪問が必要だった問い合わせが、24時間いつでもボットを通じて解決できるようになりました。
導入による成果
飛騨市の生成AI活用推進プロジェクトは、開始から約半年が経過し、参加職員のスキル向上と業務効率化において顕著な成果を上げています。最も重要な成果の一つは、参加職員の生成AI活用に対する理解と実践能力が大幅に向上したことです。
プロジェクト開始前は、多くの職員が生成AIに対して「難しそう」「どう使えばいいかわからない」という印象を持っていましたが、実践的な研修を通じて、日常業務での具体的な活用方法を習得することができました。特に、プロンプト(指示文)の書き方や、生成AIの特性を理解した効果的な活用方法について、実務レベルでの知識とスキルが身につきました。
業務効率化の面では、文書作成時間の大幅な短縮が実現されています。例えば、従来は数時間を要していた企画書の初稿作成が、生成AIを活用することで30分程度に短縮されるケースも報告されています。また、SNSやメルマガの作成においても、コンテンツの質を維持しながら作成時間を半分以下に短縮することができています。
庁内問い合わせボットの導入により、職員間の情報共有と問題解決の効率化も実現されています。従来は担当者を探して直接問い合わせる必要があった庁内手続きについて、ボットを通じて即座に回答を得ることができるようになり、業務の中断時間が大幅に削減されました。
組織変革への影響
飛騨市のプロジェクトは、単なる技術導入を超えて、組織文化の変革にも大きな影響を与えています。参加職員が各部局に戻って生成AI活用の知識とスキルを共有することで、市役所全体でのデジタル活用意識が向上しています。
特に注目すべきは、職員の創造性と問題解決能力の向上です。生成AIを活用することで、従来の業務の進め方にとらわれない新しいアプローチを模索する職員が増えており、業務改善提案や新しい市民サービスのアイデアが活発に出されるようになりました。
また、このプロジェクトの成功により、飛騨市は他の自治体からの視察や問い合わせが増加しており、岐阜県内外の自治体における生成AI活用のモデルケースとして認識されています。市では、この経験を活かして他自治体への支援や情報共有も積極的に行っており、地域全体でのDX推進に貢献しています。
今後の展開と持続可能性
飛騨市では、このプロジェクトの成功を受けて、生成AI活用の更なる拡大と定着を計画しています。2025年度以降は、プロジェクト参加職員が講師となって、市役所全職員を対象とした生成AI研修を実施する予定です。これにより、組織全体での生成AI活用能力の底上げを図ります。
また、市民サービスへの生成AI活用拡大も検討されています。市民からの問い合わせ対応や、各種申請手続きの案内において生成AIを活用することで、市民の利便性向上と職員の業務負荷軽減の両立を目指しています。
大垣女子短期大学|デザイン教育における生成AI活用の革新的取り組み
大垣女子短期大学デザイン美術学科では、2023年からAdobe Express(生成AI機能搭載)を活用した革新的なデザイン教育を展開しています。この取り組みは、従来のデザイン教育の課題を生成AI技術で解決し、学生の創造性と実践力を同時に向上させる先進的な教育モデルとして、全国の教育機関から注目を集めています。
活用事例の概要
大垣女子短期大学デザイン美術学科は、「マンガコース」「コミックイラストレーションコース」「ゲーム・CGコース」「メディアデザインコース」の4つのコースを設置しており、特にメディアデザインコースの強化を目的として生成AI技術の導入が決定されました。
この取り組みを主導する日原様(メディアデザインコース担当教員)は、デザインプロセスの研究を専門としており、学生がデザインを段階的かつ効率的に進めるための方法論を長年研究してきました。従来のデザイン教育では、アイデアを次の段階に進めるための「抽象化」や「視覚化」という作業に高度な能力が必要で、初心者の学生には大きな障壁となっていました。
日原様が考案したデザインプロセスは4段階で構成されています。コンセプトから順に段階的に作業することで、学生は「デザイン全体の構造」を理解しやすくなります。このプロセスで最も重要なのが、各設計段階を移行する部分であり、ここに生成AIを戦略的に活用することで、従来の課題を解決しています。
具体的な活用方法
大垣女子短期大学の生成AI活用は、デザインプロセスの各段階で戦略的に配置されています。まず、「ことば」を「機能」に置き換える段階では、生成AIがコンセプトの具体化を支援します。学生が抽象的なアイデアを入力すると、AIが具体的な機能や特徴を提案し、デザインの方向性を明確化します。
次に、「機能」を「イメージ」に置き換える段階では、Adobe Fireflyの画像生成機能が活用されます。学生は詳細なプロンプトを入力することで、コンセプトに合致した視覚的なイメージを生成します。特に注目すべきは、「高級感がありながらも牧歌的」など、相反する要素を含む複雑なイメージの生成が可能な点です。従来であれば高度な描画技術が必要だった表現が、適切なプロンプトにより短時間で実現できるようになりました。
「イメージ」を「デザイン」に変換する段階では、生成AIはデザインそのものを作成するのではなく、デザイン制作のガイドライン(指標)を提供する役割を果たします。学生は、AIが提案する指標に基づいて自分のセンスで創作を進めることで、技術的な制約に縛られることなく、創造性を発揮できるようになります。
実際の制作過程では、生成された画像をAdobe Illustratorでトレースし、アウトラインを取ってデザインに活用するワークフローが確立されています。これにより、生成AIの出力をそのまま使用するのではなく、学生自身の創造的な解釈と技術的なスキルを組み合わせた、より高品質なデザイン制作が可能になっています。
導入による成果
大垣女子短期大学での生成AI導入は、教育効果と実践的な成果の両面で顕著な結果を示しています。最も象徴的な成果が、大垣市のこども居場所シンボルマーク制作プロジェクトです。このプロジェクトでは、大垣市から提示されたコンセプトや「こどもんち」という愛称をキーワードに、学生たちが生成AIを活用してデザインプロセスを進行しました。
学生たちは与えられた情報を自由に解釈し、各自でプロンプトを考えてデザインを制作しました。完成した約40作品の中から、日原様の監修のもと4つの候補作品が選定され、市長に提出されました。これらの作品の品質は非常に高く、「少しの改良ですぐに良くなるレベルのものばかりで、監修しやすかった」と日原様が評価するほどでした。
候補作品の一つを制作した山田美憂さん(メディアデザインコース1年)は、「大垣は綺麗な水が有名で水都と呼ばれているので、その水からモチーフを発想し、Expressに短いプロンプトを次々と入力して生成しました。当時は入学したばかりでデザインの進め方がわからなかったのですが、Expressを使用することで、こういう発想の仕方もあるんだとか、こうやって配置したらデザインが綺麗に見えるなとか、デザインのプロセスを知ることができたので、とても面白いと思いました」と語っています。
学生の学習効果と創造性の向上
生成AI活用による教育効果は、学生たちの声からも明確に確認できます。メディアデザインコースの学生たちは、Adobe Expressでの学習を「楽しい」と一様に評価しており、楽しみながら効果的に学びを深めている様子が伺えます。
2年生の奥田咲空さんは、「Expressを使うと、AIから自分にない発想や面白い形・色が出てきます。自分が与えたい印象のデザインがどうすれば実現できるかの勉強にもなるのが、Expressのいいところだと思います。Expressでは文字を入力するだけで自分の頭の中にあるイメージのデザインが出てくるので、うまく課題につなげられます」と述べています。
2年生の吉田佐羽さんは、「はじめのうちはイメージとは違う画像になってしまうことも多かったのですが、言葉を工夫しながら使っていくことで、思い通りの画像が生成されるようになったときは嬉しかったです」と、プロンプトエンジニアリングのスキル向上について語っています。
2年生の林あいらさんは、「プレゼン資料を作るときにも使っています。こういうデザインにしたいというのをExpressが表現してくれるのでとても助けられています」と、授業以外での活用についても言及しています。
教育方法論の革新
大垣女子短期大学の取り組みは、単なる技術導入を超えて、デザイン教育の方法論そのものを革新しています。従来のデザイン教育では、技術的なスキルの習得に多くの時間が費やされ、創造性の発揮や概念的な思考の育成が後回しになりがちでした。
しかし、生成AIを活用することで、学生は技術的な制約から解放され、より本質的なデザイン思考の習得に集中できるようになりました。アイデアの発想から視覚化、そして最終的なデザインまでのプロセス全体を体験することで、デザインの構造的な理解が深まっています。
また、生成AIとの対話を通じて、学生たちは自分のアイデアを言語化し、具体化するスキルも向上しています。プロンプトの作成は、自分の意図を明確に表現する能力を要求するため、コミュニケーション能力の向上にも寄与しています。
今後の展開と社会への期待
日原様は、この取り組みの将来的な展開について、「一般的な仕事でもデザインのスキルや知見を活かせる作業はたくさんあるんですよね。営業の商材を作るとか、プレゼン用の資料を作るとか。そういう意識が企業などにも広がり、Expressのようなツールが一般化してくると、我々が教えている学生の就職先にも一層広がりが出てくるのではないかと思っています」と期待を寄せています。
この視点は、デザイン教育の社会的な意義を拡張する重要な指摘です。生成AI技術の普及により、デザインスキルが特定の専門職だけでなく、あらゆる職種で求められる基本的なリテラシーになる可能性があります。大垣女子短期大学の取り組みは、そうした社会変化を先取りした教育モデルとして、他の教育機関にとっても重要な参考事例となっています。
岐阜市民病院|AI活用による看護配置マネジメントで実現する働きやすい医療現場
岐阜市民病院では、2023年から富士通の「HOPE LifeMark-看護配置マネジメントサービス」を導入し、AI技術を活用した革新的な看護師配置最適化システムを運用しています。この取り組みは、医療現場における人材不足と業務負荷の課題を、データドリブンなアプローチで解決する先進的な事例として、全国の医療機関から注目を集めています。
活用事例の概要
岐阜市民病院は、「心にひびく医療の実践」を理念に掲げ、地域医療の中心として高度な医療サービスを提供する急性期病院です。しかし、高齢化の進行や新型感染症の流行により、看護師の業務量が年々増加する中で、適正な人員配置と業務負荷軽減が重要な課題となっていました。
従来の看護師配置では、病棟師長からは「忙しい、スタッフが足りない、応援が欲しい」という声が上がる一方で、看護部長室からは「適正な人数配置はできているはず」という認識のギャップが存在していました。この課題を解決するため、同院では看護師の「客観的な忙しさ」を見える化することに着眼し、AI技術の導入を決定しました。
導入されたシステムは、既存の電子カルテや看護勤務割システムに蓄積された膨大な情報をAIモデルで解析し、各病棟の業務量を「看護業務量スコア」として数値化します。このスコア化により、従来は主観的な判断に依存していた看護師配置を、客観的なデータに基づいて最適化することが可能になりました。
具体的な活用方法
岐阜市民病院のAI看護配置マネジメントシステムは、複数のデータソースを統合して包括的な分析を行います。まず、電子カルテシステムから患者の重症度、治療内容、検査予定などの医療情報を抽出します。同時に、看護勤務割システムから看護師の配置状況、勤務パターン、経験年数などの人員情報を取得します。
これらのデータは、AIモデルによってリアルタイムで解析され、各病棟の業務負荷を予測します。システムは、入退院数、検査への送り出し件数、処置の複雑さ、患者の状態変化などの要素を総合的に評価し、「看護業務量スコア」として可視化します。
特に革新的なのは、「看護業務量一覧」機能です。この機能により、これまで手作業で数時間を要していた病棟ごとの業務量把握が、瞬時に完了するようになりました。管理者は、リアルタイムで各病棟の状況を確認し、必要に応じて看護師の応援配置や業務の再配分を迅速に決定できます。
システムはまた、過去のデータとの比較分析も行います。季節的な変動、曜日による違い、特定の診療科の特徴などを学習し、より精度の高い業務量予測を実現しています。これにより、事前の配置調整や、繁忙期に向けた人員計画の策定も可能になっています。
導入による成果
岐阜市民病院でのAI看護配置マネジメントシステム導入は、多方面にわたって顕著な成果を上げています。最も直接的な効果は、配置調整にかかる時間の大幅な短縮です。従来は管理者が各病棟を回って状況を確認し、手作業で業務量を把握していた作業が、システムにより自動化されました。
岐阜市民病院看護部副看護部長兼総合企画室医療情報室管理官の高階利昭氏は、「AIを活用したシステムがタイムリーに病棟の状況を可視化。現場の肌感覚に合わせた設定の見直しを行い、更なる業務改善を実現」と評価しています。
業務効率化の面では、各病棟の状況をリアルタイムで確認できることにより、迅速な意思決定が可能になりました。緊急時の応援配置や、予期しない業務量増加への対応が、従来よりもスムーズに行えるようになっています。
最も重要な成果は、看護師の業務負荷軽減です。客観的なデータに基づく適正配置により、特定の病棟や個人に過度な負荷が集中することを防げるようになりました。これは、看護師の働きやすさの向上と、医療の質の維持・向上の両立を実現する重要な成果です。
システムの継続的改善
岐阜市民病院では、AI システムの導入後も継続的な改善を行っています。現場の看護師からのフィードバックを収集し、システムの設定や分析パラメータの調整を定期的に実施しています。
特に注目すべきは、「現場の肌感覚」とシステムの分析結果を照合し、必要に応じて設定を見直している点です。AIシステムの客観性を活かしながら、現場の専門的な判断も適切に反映させることで、より実用的で信頼性の高いシステムに進化させています。
また、システムから得られるデータを活用して、看護業務の標準化や効率化の検討も進められています。業務量の変動パターンや、効率的な配置モデルの分析により、看護部門全体の運営改善に活用されています。
医療DXへの貢献と他院への影響
岐阜市民病院のAI看護配置マネジメントシステムは、医療DX(デジタルトランスフォーメーション)の具体的な成功事例として、他の医療機関からも注目を集めています。特に、既存のシステムを活用してAI機能を追加するアプローチは、大規模なシステム更新が困難な医療機関にとって参考になるモデルです。
同院の取り組みは、医療従事者の働き方改革と医療の質向上を両立させる実践例として、厚生労働省の医療DX推進施策においても参考事例として取り上げられています。また、富士通をはじめとするヘルスケアIT企業にとっても、AI技術の医療現場での実用化モデルとして重要な知見を提供しています。
今後の展開と持続可能性
岐阜市民病院では、看護配置マネジメントシステムの成功を受けて、AI技術の活用領域をさらに拡大する計画を進めています。医師の業務負荷軽減、薬剤管理の最適化、患者の状態予測など、医療現場の様々な課題にAI技術を適用することを検討しています。
また、地域の医療機関との連携においても、このシステムの知見を活用することが期待されています。地域医療ネットワーク全体での人材配置最適化や、医療資源の効率的な活用において、岐阜市民病院の経験が重要な役割を果たすことが予想されます。
岐阜大学医学部附属病院|生成AI活用による治験候補患者選定の革新的効率化
岐阜大学医学部附属病院では、2025年5月から富士通との共同実証実験により、生成AI技術を活用した治験候補患者選定システムの運用を開始しています。この取り組みは、医療データの構造化と分析において生成AIの能力を活用し、治験業務の大幅な効率化を実現する画期的な事例として、医療業界全体から注目を集めています。
活用事例の概要
治験(臨床試験)は、新薬の安全性と有効性を確認するために不可欠なプロセスですが、適切な候補患者の選定は従来、医療従事者による膨大な診療データの手作業での確認が必要でした。この作業は非常に時間がかかり、かつ専門的な知識と経験を要求される複雑な業務でした。
岐阜大学医学部附属病院の実証実験では、名古屋大学医学部附属病院との連携により、両病院が保有する約1,800名の診療データ(2019年4月1日~2024年3月31日の期間)を対象として、生成AI技術による自動化システムを構築しました。このシステムは、従来の手作業による患者選定プロセスを根本的に変革し、医療DXの新たな可能性を示しています。
実証実験の核心は、非構造化された診療データを生成AIによって構造化し、治験の適格基準と照合することで、候補患者を自動的に抽出することにあります。従来は医師や治験コーディネーターが数日から数週間をかけて行っていた作業を、AIシステムが短時間で実行できるようになりました。
具体的な活用方法
岐阜大学医学部附属病院の生成AI活用システムは、複数の技術要素を組み合わせた高度なアーキテクチャで構成されています。まず、電子カルテシステムから抽出された診療データは、自然言語処理技術により構造化されます。医師の記録した診療ノート、検査結果、処方情報などの非構造化データが、AIによって標準化された形式に変換されます。
生成AI技術の活用において特に重要なのは、医療用語の正確な理解と文脈の把握です。同じ症状でも医師によって記録方法が異なったり、略語や専門用語が使用されたりするため、従来の単純なキーワード検索では適切な患者抽出が困難でした。生成AIは、これらの多様な表現を統一的に理解し、治験の適格基準と正確に照合することができます。
システムは、治験プロトコルで定められた包含基準(参加条件)と除外基準(参加できない条件)を詳細に分析し、各患者のデータと照合します。例えば、特定の疾患の診断歴、年齢、性別、併用薬剤、検査値の範囲、既往歴などの複雑な条件を総合的に評価し、適格性を判定します。
さらに、システムは候補患者の抽出だけでなく、選定理由の説明も生成します。なぜその患者が候補として選ばれたのか、どの基準を満たしているのかを明確に示すことで、医療従事者による最終的な判断を支援します。
導入による成果
岐阜大学医学部附属病院での実証実験は、治験業務の効率化において劇的な成果を上げています。最も顕著な成果は、治験候補患者の選定時間を従来の3分の1に短縮したことです。従来は数日から数週間を要していた作業が、数時間から1日程度で完了するようになりました。
この時間短縮は、単なる業務効率化を超えて、治験の質と速度の向上に直結しています。より迅速な患者選定により、治験の開始時期を早めることができ、結果として新薬の開発期間短縮に貢献しています。また、より多くの候補患者を短時間で評価できることで、治験の成功率向上も期待されています。
精度の面でも重要な成果が得られています。生成AIによる構造化により、従来は見落とされがちだった適格患者の発見や、逆に不適格な患者の除外がより正確に行えるようになりました。これは、治験の科学的妥当性と安全性の向上に直接寄与しています。
医療従事者の業務負荷軽減も大きな成果の一つです。治験コーディネーターや医師が、膨大な診療記録を手作業で確認する時間が大幅に削減され、より専門的な判断や患者ケアに集中できるようになりました。
医療データ活用の新たな可能性
この実証実験は、医療分野における生成AI活用の新たな可能性を示しています。従来、医療データの活用は構造化された数値データに限定されがちでしたが、生成AIの自然言語処理能力により、医師の記録した自由記述テキストからも有用な情報を抽出できるようになりました。
特に重要なのは、医療データの「意味」を理解する能力です。単純なキーワードマッチングではなく、文脈や医学的な関連性を考慮した分析により、より高度で実用的なデータ活用が可能になっています。
また、この技術は治験だけでなく、臨床研究、疫学調査、医療の質評価など、様々な医療データ分析業務への応用が期待されています。医療DXの推進において、生成AI技術が果たす役割の重要性が明確に示されています。
産学連携による技術開発
岐阜大学医学部附属病院の取り組みは、産学連携による医療AI技術開発の成功モデルでもあります。富士通の技術力と、大学病院の医療データ・専門知識を組み合わせることで、実用性の高いシステムが開発されました。
この連携では、技術開発だけでなく、医療現場での実用化に向けた課題の特定と解決も重要な要素となっています。医療従事者のワークフローに適合したシステム設計、医療安全への配慮、プライバシー保護など、医療特有の要求事項を満たすシステムの構築が実現されています。
今後の展開と社会への影響
岐阜大学医学部附属病院での成功を受けて、この技術の他の医療機関への展開が期待されています。特に、地域の中核病院や大学病院において、治験業務の効率化と質向上に大きく貢献することが予想されます。
また、この技術は日本の医療業界全体の競争力向上にも寄与します。治験の効率化により、国際的な新薬開発競争において日本の医療機関の存在感を高めることができます。さらに、医療データの有効活用により、個別化医療や精密医療の推進にも貢献することが期待されています。
長期的には、この技術が医療の質向上と医療費削減の両立に貢献することも期待されています。より効率的で正確な治験により、安全で効果的な新薬がより早く患者に届けられるようになり、医療全体の発展に寄与することが予想されます。
岐阜県製造業|ソフトピアジャパンを中心とした産学官連携によるAI・IoT活用の先進的取り組み
岐阜県では、公益財団法人ソフトピアジャパンを中心とした産学官連携により、県内製造業におけるAI・IoT技術の導入と活用が積極的に推進されています。特に株式会社スザキ工業所をはじめとする多くの中小製造業が、生産計画の最適化、品質管理の向上、業務効率化において顕著な成果を上げており、地方製造業のDX推進モデルとして全国から注目を集めています。
株式会社スザキ工業所|AI活用による生産計画最適化の先進事例
株式会社スザキ工業所は、岐阜県内でいち早く生産計画策定にAI技術を活用し、従業員の負担軽減と生産性向上を両立させた先進企業として、2024年に岐阜県の先進企業視察対象に選定されました。同社の取り組みは、中小製造業におけるAI活用の成功モデルとして、県内外の製造業から高い関心を集めています。
従来の生産計画策定では、熟練した担当者が過去の経験と勘に基づいて手作業で計画を立てていました。この方法では、計画策定に長時間を要するだけでなく、担当者の負荷が大きく、また計画の精度にばらつきが生じるという課題がありました。
スザキ工業所では、これらの課題を解決するため、AI技術を活用した生産計画最適化システムを導入しました。このシステムは、過去の生産実績、受注状況、設備の稼働状況、人員配置などの多様なデータを学習し、最適な生産計画を自動生成します。
導入の成果として、計画策定時間の大幅な短縮が実現されました。従来は数日を要していた計画策定作業が、数時間で完了するようになり、担当者の業務負荷が劇的に軽減されました。また、AIによる客観的な分析により、計画の精度と一貫性が向上し、生産効率の向上にも寄与しています。
ソフトピアジャパンによる包括的DX支援体制
岐阜県内の製造業AI・IoT活用を支える中核的な役割を果たしているのが、公益財団法人ソフトピアジャパンです。同法人は、「暮らしよい岐阜県」の実現を目指し、ソフトピアジャパンエリアを県内産業の生産性向上と高度化の拠点として位置づけ、包括的なDX支援を展開しています。
ソフトピアジャパンの支援体制の特徴は、単なる技術導入支援にとどまらず、企業の状況や段階に応じた「伴走型DX支援」を提供していることです。専門家派遣事業、技術相談、実証実験支援、人材育成など、様々な支援メニューを組み合わせながら、各企業のニーズに応じたカスタマイズされた支援を行っています。
現在までに、ソフトピアジャパンの支援により20社以上の県内企業でIoT・AI活用事例が創出されており、その成果は「岐阜県IoT活用・支援事例集」として取りまとめられ、県内企業の参考資料として活用されています。
株式会社鵜飼(坂祝工場)|大型塗装ラインの見える化
株式会社鵜飼の坂祝工場では、株式会社イン・フィールドとの連携により、大型塗装ラインにIoTシステムを導入し、生産状況の見える化を実現しました。このシステムにより、従来は作業者の経験に依存していた塗装品質の管理が、データに基づく客観的な管理に変革されました。
導入の成果として、カイゼン意識と活動の向上、チームワークの強化、そして生産性の向上が実現されています。特に、リアルタイムでの生産状況把握により、問題の早期発見と迅速な対応が可能になり、品質向上と効率化を同時に達成しています。
東和組立株式会社|IoTによるカイゼン活動とダイバーシティ経営
東和組立株式会社では、IoTシステムを活用したカイゼン活動とダイバーシティ経営の推進により、リードタイムの3分の1短縮と生産性20%向上という顕著な成果を上げています。
同社の取り組みの特徴は、IoT技術の導入と並行して、多様な人材が活躍できる職場環境の整備を進めていることです。データに基づく業務の標準化により、経験年数や性別に関係なく、誰もが高いパフォーマンスを発揮できる環境が構築されています。
新日本金属工業株式会社|ダイカストマシンの遠隔モニタリング
新日本金属工業株式会社では、ジール株式会社との連携により、ダイカストマシンからのデータ収集・蓄積・分析システムを構築し、遠隔モニタリングと品質トレーサビリティを実現しています。
このシステムにより、設備の稼働状況をリアルタイムで監視し、予防保全や品質管理の精度向上を実現しています。また、品質データの蓄積により、不良品の原因分析や改善策の立案が効率的に行えるようになっています。
産学官連携によるAI活用ワーキンググループ
岐阜県では、岐阜県可児工業団地を中心として、複数の製造業企業が参加するAI活用ワーキンググループが組織されています。参加企業には、中部静電塗装株式会社、株式会社可児LIXILサンウェーブ製作所、鳥羽工産株式会社、株式会社加藤製作所、鍋屋バイテック会社、株式会社イマオコーポレーションなどが含まれています。
このワーキンググループでは、実際の製造データを用いたAI検品システムの実証実験が行われており、参加企業が共同でAI技術の実用化に取り組んでいます。特に注目すべきは、「利用者目線の取り組み」を重視し、技術的な可能性だけでなく、実際の製造現場での運用性を重視した検証が行われていることです。
岐阜県DX推進コンソーシアムによる人材育成
岐阜県DX推進コンソーシアムでは、製造業向けの生成AIワークショップを定期的に開催し、県内企業の人材育成を支援しています。2024年7月に開催されたワークショップでは、LLM(大規模言語モデル)の基礎から実践的な活用方法まで、包括的な教育プログラムが提供されました。
ワークショップの内容は、理論学習だけでなく、Google ColaboratoryやDifyを使用した実習も含まれており、参加者が実際に生成AIを操作し、その可能性を体験できる構成になっています。このような実践的な教育により、県内製造業における生成AI活用の底上げが図られています。
終わりに
岐阜県における生成AI・AI活用の取り組みを詳しく調査した結果、同県が全国的にも先進的で包括的なAI活用を推進していることが明らかになりました。特に注目すべきは、自治体、教育機関、医療機関、民間企業という多様な組織が、それぞれの特性と課題に応じてAI技術を戦略的に活用していることです。
総務省の調査によると、岐阜県内の自治体の約8割が生成AIの導入済み、または実証実験中という高い導入率を示しており、これは全国平均を大きく上回る数値です。この背景には、県全体でのDX推進に対する強いコミットメントと、ソフトピアジャパンを中心とした産学官連携の充実した支援体制があります。
岐阜県のAI活用事例の特徴として、以下の点が挙げられます。
第一に、「実践重視のアプローチ」です。飛騨市の職員向け生成AI研修や大垣女子短期大学のデザイン教育など、理論学習だけでなく実際の業務や学習に直結する形でAI技術を活用しています。これにより、技術導入の効果が具体的な成果として現れやすく、持続可能な活用が実現されています。
第二に、「包括的な支援体制」の存在です。ソフトピアジャパンによる伴走型DX支援、岐阜県DX推進コンソーシアムによる人材育成、産学官連携によるワーキンググループなど、多層的な支援体制が構築されています。これにより、技術的なハードルが高いAI活用についても、段階的で確実な導入が可能になっています。
第三に、「地域特性を活かした活用」が見られます。高山市の観光地人流量計測、岐阜市民病院の看護配置最適化、県内製造業の生産性向上など、それぞれの地域や組織の特性と課題に応じたAI活用が展開されています。これは、AI技術を単なる流行として導入するのではなく、真に価値のある活用を追求している証拠です。
第四に、「継続的な改善と発展」への取り組みです。導入後の効果測定、現場からのフィードバック収集、システムの継続的な改善など、AI活用を一過性の取り組みではなく、長期的な組織変革の一環として位置づけています。
これらの取り組みは、地方創生と地域活性化の観点からも重要な意義を持っています。AI技術の活用により、人口減少や高齢化といった地方が直面する課題に対して、新たな解決策を提示しています。また、地域の産業競争力向上や、若い人材の定着・誘致にも寄与することが期待されます。
岐阜県の事例は、他の地域にとっても貴重な参考モデルとなります。特に、限られた資源の中で効果的なAI活用を実現するためのアプローチや、産学官連携による支援体制の構築方法は、全国の自治体や地域組織にとって有用な知見を提供しています。
今後、AI技術の更なる発展と普及が予想される中で、岐阜県のような先進的な取り組みが全国に広がることで、日本全体のデジタル変革と地域活性化が加速することが期待されます。技術の導入だけでなく、人材育成、組織文化の変革、継続的な改善といった包括的なアプローチこそが、真に価値のあるAI活用を実現する鍵であることを、岐阜県の事例は明確に示しています。